或る冬の朝、目を覚まして庭に出ると昨夜薄紅色に膨らんでいた西王母の蕾が花開いていました。色の無い冬枯れの木立の中で清潔な香気を放ってそれは美しい一輪でした。この椿の特性を詳しくは知りませんが、家の西王母は決して同時に幾輪も咲いてくれません。一輪終わるとまた一輪、まるで待つ人の心を弄ぶように焦らしながら徐々に美しい姿を見せてくれます。そして夜、人が寝静まるのを待って美しい形のまま、落ちて生涯を閉じるのです。 首が落ちるのを連想するから侍は嫌うとか、最
 
  近ではリストラ絡みでビジネスマン達に縁起悪いと言われたり、何かと戦う男性達に嫌われるこの花はお茶の世界では炉の季節(11月〜4月)の王様です。お茶自体が椿科の植物ですしね。

で、チョット自慢話みたいでここでご披露するのはどうかな?(私だって一応こういう一面もあるんです)と思ったのですが今迄で椿に例えて男性からほめられたことが2回あります。一つ目はまだ私が経済誌の編集をしていた頃、校了の時期は常に横須賀線の終電に疲れきってバク睡状態で乗っていた時のことでした。同じ車両に週末陶芸の窯場で時々出会った、でもこんにちわ、さようならくらいしか言葉を交わしたことがなかった某有名家電メーカーの役員の人が乗っていて、私の寝顔を観察出来る位置に座っておられたようでした。私は何しろ疲労困憊でしたから周囲に知り合いがいようが、イケメンがいようが一刻も早く熟睡の快楽に浸りたかったので、全く気にせずむしろ逆に見つけられる前に眠ってしまわないと東京から逗子までの貴重な1時間の睡眠をおしゃべりなどで妨害されると考える愛想のなさです。週末鎌倉の窯場でお会いした際、その方は開口一番「昨日貴方の寝顔をしっかり観察させてもらいましたよ」と言うじゃありませんか。周りは「あやし〜」と思いますよね。そこで誤解のないようにその紳士は「昨日の横須賀線の終電で疲れきって眠る貴方をみたんですよ」と言い直し、次に「貴方は紅色の椿のようなひとだね」とまた意味不明なことを。その心はじゃないけど彼はこう続けました。「椿って花は地に落ちても艶やかで美しい。紅の椿なら尚のこと。疲れきって寝込む女性に色気もオーラも無い筈だけど貴方は別だ」う〜ん今考えるとこれって口説かれていたのかも?あまり深く考えず綺麗なほめ方をしてくれる大人の男性だなと感動する私でした。

そしてもう一つの話は日本が世界に誇る偉大な写真家秋山庄太郎先生の思い出です。先生は或る年の暮れに君の写真を撮ってあげるからスタジオにいらっしゃいとお声を掛けてくださいました。先生はお花の写真や人物、特に女優さんの写真が有名でいらっしゃるので、「わ〜綺麗に撮って頂ける」と喜び「どのような服装を選べばよいでしょう?」と伺うと「君は椿の花のようだから椿の柄の着物で来るように」とおっしゃってくださいました。喜び勇んでご指定の日に六本木のスタジオに向かいますと、先生はにこやかに迎えてくださり、中国で私のために購入してきたとおっしゃってそれは美しい天目茶碗をくださいました。そしてアメジストのような紫色の上に曜変が見事なお茶碗に先生はその場で「カキツバタ」と銘を付けてくださいました。始まった撮影は助手の女性2名が付いた上で先生ご自身が全てシャッターをきってくださり、本当に夢のような時間でした。撮影が終わると先生は前から連れて行ってあげると言ってくださっていた近くの中華料理店へ誘ってくださり、一緒にお食事をしました。先生は食通で有名でしたから、相当期待しておりましたが、本当に出るもの出るもの全て美味しく、先生はとてもよく召し上がり、お酒を楽しそうに空け、よくお笑いになり饒舌でした。

それから年が明けていつも先生とお目にかかっていたある月例会に向かう途中、「今日は写真のコンクールの審査委員長を務めるからそれが済んだらまっすぐ君のいる会場に向かうから写真もっていってあげるよ」とご連絡があってそれはとてもワクワクしながらお待ちしていました。先生は出来上がった写真を私の待つ例会会場に持って行くため、スタジオのアシスタントの女性に審査会場に持ってくるように指示されていたそうです。そこからは報道された通りですので皆様よくご存知のように、先生は審査会場で急にお倒れになりそのまま息を引取られました。御気性そのままの本当に潔い御最後であったと思います。大好きなお仕事のさなか、責任の重いコンクールの審査委員長のお仕事を終えて息を引取られる、本当に悲しいけれども実に秋山先生らしい一生私たちの心に残る美しいエンディングです。今思えば撮影してくださった晩お食事をご一緒しながら、素晴しい思い出の数々やご遺言のような貴重なお話を沢山伺いました。そんなお話のお相手をさせて頂いた私は本当に幸せものです。またお弟子さんたちから私が先生の最後のモデルであったことを伺いとても光栄に感じています。或る人は言いました。「秋山先生はバラに(原節子さんのこと)始まって最後に椿を選ばれた」と。身が震えるような喜びとこれからも椿のようにありたいと思います。秋山先生に対する感謝の気持ちを忘れずに。

 

 
 
MENU